33年間の夏休み(27)2007年07月16日 07:12

きみの家は決して裕福ではなく、おそらくは中の下といったクラスだったから、妹が大学病院で治療を受けるとなったとき、きみは少なからず家計を案じたものだったが、自分が私立の中学に進むことについては何の疑問も不安も抱かなかったのだから、今にして思えば勝手なものだ。きみがその中学ー高校一貫校に進むことは家族全員の願いであったにしても。妹の治療が「治験扱い」(こんな難しい専門用語ではなかったろうが、今となっては正確な言葉を思い出せない)になったから医療費はあまりかからないの、母親はこう説明してくれた。「治験」の概要を知るてだてはなく、これは推測でしかないのだが、放射線治療単独で、手術は行わないというのがその内容だったのではないかとぼくは思っている。

コメント

コメントをどうぞ

※メールアドレスとURLの入力は必須ではありません。 入力されたメールアドレスは記事に反映されず、ブログの管理者のみが参照できます。

※なお、送られたコメントはブログの管理者が確認するまで公開されません。

名前:
メールアドレス:
URL:
コメント:

トラックバック

このエントリのトラックバックURL: http://takunakajo.asablo.jp/blog/2007/07/16/1657711/tb

※なお、送られたトラックバックはブログの管理者が確認するまで公開されません。

_ CHORALIS - 2007年08月13日 06:12

ひと月ちかく間があいてしまった。

この間例によって仕事に追いまくられていたが、病院もさすがに受診者が少ないようで、今朝はぽっかりと仕事がない。

今年もまた妹の命日が