Works in Progress: 星間戦争(11)2006年01月03日 17:48

ヒドラの出芽
2番目としては、性というものが存在するこの世界にあっては驚くべきことなのだが、火星人たちには性別というものがまったくなく、ゆえに彼らは男女の違いから生じる荒々しい情緒などとは無縁だったのだ。戦争中に地球上で火星人の幼弱個体が一匹生まれたことが今では明らかになっている。その個体は親に付着していたが、株分かれする百合根あるいは淡水産ポリプの幼生みたいに出芽しかけていた。

地球に住むすべての高等動物と同様に、人類においてかような増殖様式は絶えて久しい。しかしながらこの地球でも原始的な方法はこうだったのだ。下等動物の間では、あるいは脊椎動物のいとこにあたる尾索動物においてでさえ、ふたつの増殖形式は平行して行われている。だが、最終的には有性生殖がライバルの無性生殖を完全に下したのである。しかしながら火星における事態はまったく正反対であったらしい。
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(下巻第2章第18~19節:画像は http://www.dpo.uab.edu/~acnnnghm/BY255L/BY255L-Cnidaria.htm より拝借)

医邦人(1)2006年01月04日 09:04

わたしが発病したのは辺境星域の住民検診を終えて帰還する途上、検診ステーション「へるめす」の機内だった。

症状は微熱と咳、体重減少。住民が持ち込んだウィルスに感染したのかと思ったが、全身スキャンでは肺に病巣が見つかった。わたし自身が下した診断は「へるめす」の検診プログラムが出した答えと完全に一致した。右上葉原発の肺小細胞ガン、広範なリンパ節転移および多発性の肺転移を伴っており、病期は4すなわち末期。治療を行わなかった場合の平均生存期間は6ヶ月である。

最寄りの治療センターまでは最速でも6ヶ月の行程である。機内に治療設備はなく、コールドスリープ用の格納庫はすでに満員だ。わたしは死を覚悟したが、ふと、検診に来ていた住民のひとりが語っていたことを思い出した。

「この星系に評判の呪医がいる」というのだ。わたしは船長に頼み込んで、呪医が住むという小型の惑星に降ろしてもらうことにした。船内でじっと死を待つよりは一か八かの賭に出ることにしたのである。

射出されたカプセルは船内で死者が出たときには棺にもなる軽装備のものだったが、惑星への突入で燃え尽きるようなことはなく、無事に惑星の海に着水した。

              *           *

親切な住民たちが案内してくれた庵でわたしを迎えた呪医は熱い飲み物を出してくれたが、それを飲むと不思議と呼吸が楽になり、咳き込まずに話すことができた。わたしはステーションでの検査結果を説明しようとしたが、呪医はそれを途中でさえぎり、ただ一言、「それであなたはなぜ、なんのために病んでいるのですか」とわたしに尋ねた。

「なぜ? なんのために?」

虚を突かれたわたしはオウム返しに繰り返し、黙り込んだ。癌遺伝子だの化学物質への曝露だの、あるいはイニシエーターやらプロモーターといった専門用語が脳裏を飛び交ったが、呪医がそんな答えを求めているのでないことは明白だった。

「あなたは息苦しいとおっしゃいましたね」呪医は重ねて問い、わたしはうなずいた。「それはあなたが眠っている間もある苦しみですか?」そう聞かれて、眠っている間はさほど息苦しさを感じていないことにはじめて気づいた。

「どうやらあなたは風の人らしい」呪医はそうつぶやくと無造作に手を伸ばしてわたしの額に触れた。

「あなたは澱んだ空気が苦手ですね」
(そうだおれは燃焼型の暖房が嫌いですぐに頭が痛くなる)
「でも濁った空気の中で暮らさなければならかった」
(たしかにおれが育った時代は大気汚染が一番ひどかった)
「あなたはこれまでずっと何かに追われるように生き急いできたのではありませんか?」
(いわれてみれば物心ついて以来ずっとある種の焦燥感を覚え続けてきた気がする)
「それはなぜですか?」

呪医が手を離したとたんにわたしの額に何かが生じた。何かは窓のようなもので、そこから差し込む光がわたしの意識の奥底を照らし出した。

「たぶんそれは…」言いかけて口ごもる。「もうおわかりなんでしょう?」わたしの方から尋ね返すが、「あなた自身のことばで語ってください」という返事。

わたしは語りはじめた。

積ん読ノート:ソラリス2006年01月06日 20:38

積ん読にはしたくないのだが、またしても仕事に追われる日々が再開してしまい、54ページを読んだところで中断を余儀なくされてしまった

なんでも以前流布していたのはロシア語からの重訳だったとのことで、検閲による削除やら修正がだいぶあったのだそうな
今回は決定版と言えそうなポーランド語からの完訳ということで、原稿用紙40枚分にも及ぶ脱落箇所を補った版というのがありがたい

レムはタルコフスキーの映画もソダーバーグのも気に入らなかったそうで、「2001年宇宙の旅」「ブレードランナー」と並べて映画と原作の関係を探ってみるのもまた一興だろう